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店主思い入れの地探訪
― 檜尾山観心寺 ― (河内長野)
さて、はじまりました。南天苑HPが送る魅惑?の新シリーズ「店主の思い入れの地、探訪」で
す。南河内周辺をはじめ店主の独断と偏見で選ぶ史跡、旧跡、まったく何の変哲もない風景
だが実は思い入れのある場所などを紹介させていただきます。
と言っても、とても優柔不断なものなので、訪ねてみたいところなどをメールでお聞かせくだ
さい。可能なかぎりリクエストにお答えして、当方にて事前探訪したり致します。小旅行やハイ
キングの一助にでもお使いいただければ‥‥。
そのシリーズの第一回は檜尾山観心寺です。時は4月18日、あたかも秘仏国宝如意輪観
世音菩薩像のご開扉の最終日でありました。
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金堂(国宝)
檜尾山観心寺は奈良時代に役小角(えんのおづぬ)によって修験者の道場として草創され、その後、(815年)弘法大師空海が如意輪観音を本尊とし寺号を観心寺と改めたと伝えられています。
現在残る金堂は大阪府下最古の国宝建造物です。 |
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南天苑から観心寺へは南河内グリーンロードを使えば車で約10分。今回は特別にメールでご予約いただいた伊丹市の井上夫妻に同行いただきました。若い奥様とダンディーなご主人がお似合いのカップルです。 |
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観心寺は南北朝時代に南朝側の将、楠木正成の学問所としても縁が深く、門前に大楠公馬上の勇士のブロンズ像が建立されています。実は東京の皇居のお堀瑞にも同じ像があり、かつて東京で数年仕事していた私はタクシーの窓越しにこの同じブロンズ像を眼にして、見知らぬ土地で思わず同郷の懐かしい人に出くわしたような感慨をもったことを今も覚えています。 |
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左写真:楠公首塚。 うっそうとした木立が生い茂り勇将の魂は静かに眠る。若い頃に読んだ吉川英治著「私本太平記」のなかでも楠木父子の奮戦振りに胸が熱くなった...。 |
建掛塔 (重文)
楠木正成が願主となり三重塔の建立を図るも、正成、湊川の合戦にて没し工事未完のまま現在に伝わる...。未完とはいえ細部の完成度や建築美はいうまでもありません。何度かここを訪れていますが、この建物にいつも引っかかるものを感じていて、今回はそれが少しわかった気がしました。ようするに二度と帰らぬ主人を待つ館の寂しさというか、広い境内にぽつねんと置かれ、天気の良い明るい日差しにも関わらず、言いようのない寂寞が漂う..、正成が現世に残していった大きな忘れ物のようにも見えます。 |
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秘仏如意輪観世音菩薩像(国宝)
金堂に安置され写真撮影は不可。入堂の際にはお香を手に摺り込み“清め”の後、入る。優美な姿態、慈愛にみちた半眼で思惟する時代を経た趺坐の観音像は暗い堂内に採光を放つ。写真で紹介できないのは残念です。左はその拝観券、せめて拝観券でも。(毎年、4月17日と18日の両日のみ公開。百聞は一見に如かず、ぜひご覧あれ..) |
後村上天皇檜尾陵
境内から通じる参道の石段を4〜5分登りつめたところに宮内庁管理下の後村上天皇檜尾陵はある。日ごろの運動不足とニコチン中毒の体には歩幅の合わぬ石段が少々こたえる。写真はヒールでけなげに登って来られる井上夫人。 |
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観心寺境内の桜
もう1週間早ければ満開の桜に出会えたかも? |
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参詣のあとは観心寺門前の阿修羅窟でひと休みして、にゅうめん、わらび餅、ところ天などを井上夫妻と一緒に食す。店主佐藤 任氏は古代インド史の研究家で知られ、帰りに、「仏教メソポタミヤ紀源説」(R・パール著 佐藤 任訳)「真言密教と古代金属文化」(佐藤 任ほか編著)どちらも東方出版刊、「空海のミステリー」(佐藤 任著)出帆新書刊。などを購入する。いずれもタイトルからして興味深い。目下、読書中。 ( )内敬称略す。 |
いかがでしたでしょうか?
第1回、店主の思い入れの地探訪、次回は同じく河内長野の名刹金剛寺を予定しています。
店主の...と銘打っておきながら、はなはだ恐縮なんですが来月は私、忙しくて取材に行けま
せん。
当店のフロント看板娘3人がご紹介致します。乞うご期待!
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