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根来寺は大治元年(1126)覚鑁上人(かくば
んしょうにん=興教大師)によって開創され
た。上人は13歳で京都仁和寺にて出家得
度し、京都・奈良で勉学に励み、永久2年
(1114)高野山に上る。その後も勉学を重
ね、空海の大成した密教に浄土思想を加え
ることで、より時代に応じて発展させた教義
を開くことに成功している。空海以来の思想
家・宗教家として評価を得て、30代後半、鳥
羽上皇の支援を受け「伝法会(でんぽうえ)」
の再興を果たし、さらに異例の抜擢ともいえ
る院宣によって高野山(金剛峰寺)の座主に
のぼりつめる。
覚鑁上人は根来寺創生ののち、49歳でそ
の生涯をとじるが、その法統は受継がれ、次
第に学問の寺としての名声を上げ、室町か
ら桃山時代にかけて隆盛を極めた。堂塔27
00・寺領72万石といわれるまでになり、江
戸時代式の石高換算でいえば有力外様大
名の島津藩に匹敵するほどの生産能力を持
ち、鉄砲や根来塗りなどの商工業製品も全
国に流通する。警護のための僧兵の勢力も
増強され、僧俗二万人以上がこの谷あいに
生活し、一大城郭宗教都市を形成してい
た。
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